1月13日(木)、ようやく新型コロナウィルスの陰性が確認できた私。
しかしまだ胃腸は完全に本調子ではなかったし、まだ僅かながら私の中にウィルスが残っている可能性も十分あった。
それでも夫はこの週末にどうでも帰ると言い、私たちは私の回復の2日後に慌ただしくトスカーナ州の自宅へ戻ることになった。
前回の話はこちら↓

夫が帰宅を急ぎたかった理由
元は私の方が夫の実家に長居することを嫌がっていたが、驚いたことに到着してたったの数日で夫の方が早く家に帰りたいと言い出したのだ。
その一番の理由は夫実家では仕事ができないことだった。
ひっきりなしに訪問者が訪れるわ仕事中お構いなしに義両親に話しかけられるわで、夫実家での在宅ワークは困難を極めたようだ。
さらにその後私がコロナウィルスに感染したことで、この環境に居続けたら自分や息子も感染してしまうと思ったようだ。
夫の気持ちは痛いほどよく分かったが、問題は当時最も危険人物だったのは私ということだった。
車という密閉空間に何時間も一緒に乗っていたら夫と息子に感染させてしまうかもしれない。
それでも夫は
「実家で感染してしまったらいつ帰宅できるか分からなくなってしまう。これ以上実家で仕事はできないから、とにかく感染しないうちに家に帰りたい。」
と言った。
夫が仕事にならずにクビになってしまっては困るので、私も了承した。
検査で陰性になった翌日の1月14日(金)に私のグリーンパスの更新通知が来たので15日(土)の帰宅は確定した。
慌ただしく用事を済ませて荷造りをし、1月15日(土)の朝に夫実家を出発した。
家の中をちょろちょろと駆け回っていた孫が急に帰ってしまうことになり、マンマは寂しそうで少し申し訳なかった。
夫の発症。しきりに寒がる
翌日の1月16日(日)。
道中で夫が私から感染して動けなくなってしまったらどうしようと心配していたが、夕方に無事ヴェルシリアの我が家に辿り着くことができた。
しかし家に着いて一息ついた時に夫が
「なんか家の中寒くない?」
と言い出した。
確かに家中のオイルヒーターを切って出て行ったから家の中は冷えていたが、この日は温かい陽気だったので寒がりの私でも耐えられる程度だった。
私よりよほど寒さに強い夫がこの程度で寒がるのはおかしい。
まさか熱が出ているのではと思ったが、熱は平熱のようだ。
本当に寒いのか寒気なのかと聞いても、普段あまり熱を出さない夫は寒気の感覚が分からないらしく「ただ寒いだけ」と答えた。
喉は痛くないし頭痛も無いし、気管支のあたりの独特の苦しさのようなものも無いと言う。
とりあえず部屋にファンヒーターをつけてみたらマシになったと言ったので、この日はあまり気に留めなかった。
私が夫にコロナを移してしまった原因は水のシェア
プーリア州からトスカーナ州へ向かう道中、私が夫にコロナウィルスを移してしまったと思われる出来事があった。
1月15日(土)、プーリア州の夫実家を経った日のこと。
満杯の荷物の車内で私専用に用意したペットボトルの水の置き場に困り、一瞬だけ前座席の間にあるドリンクホルダーに置いてしまった。
そして別のことに気を取られている間に夫がそのペットボトルを自分用と思い飲んでしまったのだ!
恐らく夫はこれで一発で感染してしまったのではと思われる。
一時的な回復?ケロッと元気に
夫の言う「寒い」が寒気なのか本当に寒いのか、判断がつかない間に夫は熱が出ることもなくケロッと元気になってしまった。
発症2日目。この日は寒気のピーク?
発症2日目となる1月17日(月)。
夫はこの日も部屋が寒いと言ってファンヒーターで異様に部屋を暑くしていた。
しかし熱を測ってみても全く熱はない様子。
そして夜に息子と一緒にお風呂に入った後に寒気は全く無くなったと言った。
しかしこの日は夜中に何度も目を覚まして寝づらそうにしていたので、何かしら体調に異変を感じていたのは確かだったのだろう。
発症3日目にはすっかり元気に
発症3日目の1月18日(火)。
熱が出るかと心配していたが、結局夫はこの日の朝にはケロッとしていた。
寒気は全く感じなくなったようで、18日(火)〜20日(木)の3日間は全くいつも通り過ごしていた。
在宅で仕事をし、17時半には夕食の支度を始める私に代わって息子の相手をバトンタッチしてくれていた。
発症から6日目で出始めた咳。抗原検査でコロナ陽性!
夫は結局発症せずに治ってしまったのかと思っていた発症6日目。
やはり夫も新型コロナウィルスが陽性だったことが判明した。
発症6日目。確実にヤバイ咳をしている夫
発症6日目の1月21日(金)の朝。
私と息子より先に起きて仕事部屋に篭っていた夫の部屋から、確実に怪しい嫌な咳をしているのが聞こえてきた。
相当具合が悪いのかと思い様子を伺ってみると、ケロッと元気そうな夫は
「ボンジョールノ、アモーレミーオ!」
と機嫌良さそうににっこり。
いや、でもダンナ…声が…声がヤバイよ。。
速攻で「検査に行って来い!」と言うと、夫は「熱も無いし喉も痛くないのに」とぶつくさ文句を言いながら昼過ぎに検査に行った。
検査結果は「弱い陽性」
指定薬局で検査を受けて来た夫。
検査結果は「弱い陽性」だったと私のスマホにメッセージを送って来ると、ただいまと顔を覗かせることもなく仕事部屋に篭ってそのまま自主隔離を始めてしまった。
予想はしていたものの…いやいやちょっと待て。
今日から7日間、私は24時間ワンオペで息子の世話と家事をこなしつつ夫に3食運んでいかなければならないのか!?
地獄の24時間ワンオペ育児&家事の開始
夫の隔離が始まってしまったことで息子から24時間目を離せない生活に不安しかなかったが、とにかくやるしかなかった。
夕食は2食分作り、2日目の夜は息子の朝食作り
息子の朝食はこれまでオートミールと果物のコンポートでソフトクッキーを焼いていた。
一度で4日分ほど焼けるのだが、無くなった日は夕食後に夫に息子を見てもらっている間に作っていた。
クッキーは明日無くなるので、用意しなければ息子の朝ごはんが無くなってしまう。
でもいつそんな時間が捻出できようか?
こうなったら夕食作りの時間をクッキー作りに回すしかない。
私が台所に立っている間は息子にはベビーサークルの中に入ってテレビを観てもらっているのだが、1時間が限界だ。
とりあえずこの日の夕食は、短い時間で一度に大量に作れて洗い物もラクなメニューを考えて作った。
夫にも夕食を届けると息子にも食べさせる。
食べ終わるとまた息子にはテレビを観てもらっている間にマッハで食器を洗った。
夫の食器は二度洗いし、使ったスポンジは電子レンジで殺菌消毒。
息子のお風呂はどう考えても夫の応援無しでは入れられる自信が無かったので、この日は見送った。
…明日薬局にFFP2マスクを買いに行こう。
お風呂の時間だけ夫にFFP2マスクを付けて手伝ってもらおう。。
この日はそう考え、息子と共に21時半に床に付いた。
自分の自由時間は完全にゼロ
これまで夫が寝かしつけてくれていた息子を私が寝かしつけなければならなくなり、残った家事を片付けた後の僅かな自由時間すら無くなってしまった。
朝から晩まで息子の相手と家事に追われて怒涛のように過ぎた1日。
寝る前の一休みをする間もなく強制終了されて終わる1日。
これがあと6日も続くのか…夫の助けが無い24時間ワンオペ育児の辛さが身に沁みた。
夜中に何度も目を覚ます
いつもはベッドの向こう側に夫が寝ていてくれるので安心して眠ることができていた。
しかし夫が別室で寝たこの晩は息子が寝返りを打つ度にベッドの向こう側に落ちないか心配で目を覚ました。
おかげで翌日はイマイチ寝不足だった。
FFP2マスクを買ってくるも…夫は引き続き引き篭り
夫の発症7日目の1月22日(土)。
目を覚ましてニコニコしながら私の膝の上で戯れてくる息子を愛でながら夫の寝室の様子を伺うと、まだゲホゲホと咳をしていた。
息子を抱っこしてリビングに連れて行き、オムツを替えて着替えさせてBlippi(お気に入りのYouTube)をつけて息子をベビーサークルの中に入れる。
そこから3人分の朝食を用意し夫の分を部屋に持って行くと、ゲホゲホしながらも夫は変わらず元気そうだった。
息子と一緒に朝食を済ませ、後片付けをして洗濯機に洗濯物を放り込み、自分の身支度を整えて息子をベビーカーに乗せて薬局へ向かった。
無事にFFP2マスクを購入し、帰りに息子を公園で遊ばせる。
夫実家は近くに息子が楽しめるような公園が無く、ずっと家に篭っていたので久しぶりの公園だった。
いつもは1時間で満足して「帰ろう」と両手を広げて抱っこをせがんでくる息子も、この日は私が帰ろうとベビーカーに乗せるまでずっと遊び続けていた。
家に帰ると夫にFFP2マスクを渡し、私がそうしたように食事以外の時間はこのマスクを付けて一緒にいて良いのではと言った。
しかし夫は咳が出ることを理由に
「息子に移してしまいそうで怖い」
と引き続き部屋に引き篭もったままだった。
孤独と苛立ち
マスクを買ってくれば息子の相手を少し助けてもらえるかと期待していたのに結局夫は部屋に引き篭もったままで、週末だというのに私はまた独りで息子と一緒にいた。
お腹を空かせてベビーサークルの中で不機嫌になりつつある息子。
急いで昼食を用意し、夫の部屋に持って行く暇は無いのでもう自分で取りに来てもらうことにした。
私の時には回復するや否や「マスクを付けて息子の面倒を見ろ」と言ってきたクセに。
平日夫が仕事をしている時と何ら変わらない息子との時間だったのに、何故か週末に1人という事実にとてつもない孤独を感じた。
怒涛の夜。入浴時は夫に助けてもらわざるを得ず
夕方になり、この日も前日と同じように嫌がる息子をなんとかベビーサークルの中に入ってもらい夕食の準備に取りかかる。
前日に2食分作っておいたから今日は温めるだけ。
温めている間に息子の朝食用のソフトクッキーを焼く。
その間、動き回るし30秒おきに危険行為を行う1歳半児をどうやって1人で風呂に入れるかをずっと考えていた。
日本式のバスルームのように洗い場があれば、私が自分を洗っている間に息子は湯船の中で遊んでいてもらえるが、バスタブしか無いこの西洋式の風呂。
その上我が家のポンコツ湯沸かし器のおかげでシャワーは50℃近い熱湯か冷水しか出ないから、私が髪の毛を洗おうものなら息子に熱い湯がかかってしまう。
唯一の手段は息子だけ湯の中で洗い上げて自分は洗わずに湯に浸かるだけで外に出ることだ。
そう思いかけたが、息子と公園で遊んで汗をかいた頭や体を洗わずに湯に浸かっただけで出ることはどうしても気持ちが悪くてできなかった。
(仕方ない。やっぱりこの時だけ夫に手伝ってもらおう…)
風呂に湯を溜めている間に夕食の食器を片付け、食卓とキッチンを拭く。
息子のおむつ・肌着・パジャマ・保湿クリームをリビングに用意し、夫に応援を頼みに行く。
私が息子と一緒にお風呂に入ったのはこれが初めてだった。
息子はいつもと違う様子に少し怪訝な顔をして直立不動だった(笑)。
その間に頭・顔・体をせっせと洗っていく。
頭と顔は別の桶に溜めておいた綺麗な水で流し、体はもう湯船の中ですすぐ。
本当は体や足の裏も綺麗なお湯で流したい私にはこれがどうしても許せないが仕方がない。
夫を呼ぶとFFP2マスクを付けた夫が現れ、息子を連れて行ってくれた。
少しホッとした。
無事に私も自分の髪と体を洗う時間をもらうことができ、束の間の休み時間を得られた気分だった。
シャワーを浴びて髪を乾かすと、リビングで遊ぶ息子と距離を取って見守る夫がいた。
交代して息子に風呂上がりの水分補給のミルクを飲ませ、この日も21時半に寝かしつけた。
コロナ再感染?胸の苦しさを感じた1日
この日。つまり夫が咳をし始めた翌日となる土曜日。
実は私は朝から何となく胸と喉の間…気管支のあたりに息苦しさのような違和感を覚えていた。
ヒューヒューするような、マラソンを走り終わった直後のような感覚だ。
そして時折咳が出た。
でも喉は痛くない。
私が夫にあげたウィルスが反射してまた自分が感染してしまうなどということはあるのだろうか。
悪化して肺炎になったらどうしようと心配していたが、幸い一晩寝たらこの気管支の苦しさは無くなっていた。
家族を徹底隔離する難しさ
ここまで頑張って夫を隔離していたのは息子の感染を防ぐためだった。
だが、本気で息子をコロナ感染から守ろうとするならば、夫が寒いと言い出した日曜日の時点で隔離するべきだったし、入浴の手伝いを頼むべきでもなかった。
しかし現実問題、誰の助けも借りずに24時間、私1人で息子を見ていることは厳しかったのだ。
息子はいつでも大人しくベビーサークルに入ってくれるわけではないので行きたい時にトイレも行けない。
少し目を離せば椅子の上に登ろうとしたりコードを引っ張ろうとしたりする。
きっと私は7日間シャワーを浴びられなかっただろうし、夜も熟睡できない日が続いただろう。
そんなことが容易に想像がついたから、夫をすぐに隔離した方が良いことは分かっていても明確な症状が出るまでは感染していないことを期待しようと思ってしまっていた。
結局は予想通り夫は陽性だった。
そしてこの隔離の遅れや不徹底が、息子の感染という最悪の事態を招いてしまうことになった。(続く)